世界の数だけ。

日本料理店でコースを頼んだとする。〆の甘味にモンブランが出てきたら、「なんで??」となるだろう。

あるいは、パスタ屋に入って、メニューに「讃岐うどん」が載ってたら、やはり同じく「はい??」となるに違いない。


日本料理屋の場合、女将から「今日は丹波栗のいいのが入ったんでモンブランにしてみたんですよ~」と説明があれば、「あー、そういうことですか。」とちょっとは納得できるかもしれないが、それでもなんとなく違和感は残るだろう。

パスタ屋の場合、「店主が四国の生まれなもんで。」と説明されれば、「うどんは日本のパスタっていう店主のこだわりか?」と、思える部分もあるかもしれないが、なんか今一つ釈然としないものがある。

日本料理の〆にモンブランが出ようがナタデココが出ようがハニードーナツが出ようが、それがいけないという法はない。パスタ屋の場合もしかり。しかし、いかに理由をつけようとも、「いやいやそれは日本料理(ないしはパスタ)じゃないやろ!」と思ってしまう。

ところが、
「とりあえずビールで。あと、枝豆と・・・」
「サラダは何いっとく? ふんふん。 じゃあ、サラダはこのシーザーサラダで。」
「あと、フライドポテトと・・・ あ、刺盛りみたいなのあります? あ、これ? これが刺盛りか。じゃあ、これを三人前。とりあえず、それだけで。」

枝豆、シーザーサラダ、フライドポテト、刺身盛り合わせ。並べて書くと何料理屋だよ?と思うけれど、誰でも知ってる居酒屋料理。和洋折衷でも何の違和感もない。


と、料理の話から入りましたが、本エントリーは英雄譚の話です(笑)

前回、
「英雄譚は構造上同じであるにもかかわらず、各英雄譚の各パーツを適当に組み合わせると、(若干調整しないと)微妙に違和感が生じる。」
と書きましたが、それは↑の料理に違和感が生じているのと似ています。

日本料理には日本料理の、パスタにはパスタのイメージがあります。ところが、そのイメージと異なったもの、↑の例だとモンブランや讃岐うどんが出てくると、それぞれの料理に抱いているイメージと異なるので、ちぐはぐ観を感じてしまいます。反面、居酒屋は「なんでもあり」と認識されているので、異なった種別の料理がちゃんぽんで出てきても違和感を感じることがありません。

同様なことが英雄譚にも当てはまります。

この「イメージ」、少し難しく書けばある特定の事象に対する認識のこと、これを「世界観」としましょう。

物語あるいは英雄譚は、ある特定の世界観の上に形作られます。
ファンタジーなら中世西洋の世界観、時代劇なら江戸時代の世界観、SFなら近未来の世界観。その世界観の中で英雄譚は語られていきます。

そして、あまり意識されていないのですが、この世界観というものは、思った以上に各個人の中に刻み込まれています。
「○○はこういうもの。」だとか「XXはこうあるべき。」とか。

そのため、たとえ構造は同じでも、異なった世界観が混じってくると、自分が持っているイメージと食い違うため違和感を感じるようになります。基本的に、一つの世界観の元で一つの英雄譚が語られるので、他の世界観の英雄譚を混ぜる場合には、それなりの調整が必要です。

逆にいうと、英雄譚は共通の構造を取りながらも、世界観を変えるだけで別の物語にすることができます。したがって、英雄譚は、世界観の数だけあまた存在できると言えるでしょう。

根本的な構造が同じでありながら、世界観、つまり人のイメージの数だけ無数に存在できる。
それが私にとって、英雄譚の魅力の一つになっています。

私の場合、英雄譚(いわゆるヒーローもの)を読んだり見たりする場合、ストーリーにはあまり頓着しません。物語の構造はどれもほぼほぼ一緒だからです。ぶっちゃけ言うと、私はほとんどの場合、世界観しかみていません(笑)

さて、この世界観というもの、「要は西洋ファンタジーとか学園ものとか、そういうジャンル分けのことでしょ?」と思われるかもしれません。ところが、そう単純にはいかないところが、この世界観の面白いところです。

ちょいと、さっきの居酒屋の例文を使って遊んでみましょう。

その一
「とりあえずビールで。あと、枝豆と・・・」
「サラダは何いっとく? ふんふん。 じゃあ、サラダはこのシーザーサラダで。」
「あと、フライドポテトと・・・ あ、刺盛りみたいなのあります? あ、これ? これが刺盛りか。じゃあ、これを三人前。とりあえず、それだけで」

「かしこまりました。ご注文は以下の通りでよろしいですね?」
注文ロボットの胸部モニタに、先ほど言った料理のリストが映し出される。リストの最下段にある「はい」のアイコンをタップする。
「ご注文ありがとうございました。」、注文ロボットは頭を下げると軽いモーター音を響かせながら下がっていった。

「いやー、今はなんでもかんでもロボットだなぁ。ちょっと前までは、注文用のタブレットが机にあるぐらいだったのに。」
「ロボットは料理を届けるまでしてくれるからな。そいつはタブレットじゃ真似できんわな。あと、客寄せの意味も大きいみたいよ。」、連れの男はメニューをぱらぱらめくりながらそう答えた。


その二
「とりあえずビールで。あと、枝豆と・・・」
「サラダは何いっとく? ふんふん。 じゃあ、サラダはこのシーザーサラダで。」
「あと、フライドポテトと・・・ あ、刺盛りみたいなのあります? あ、これ? これが刺盛りか。じゃあ、これを三人前。とりあえず、それだけで。」

男はそう話すと視線を前の壁に向けて口を閉ざした。部屋の中にはその男ただ一人。男が座っている椅子の他には、簡易ベッドとトイレがあるだけだ。

「この被害者は約2分半のインターバルを置いた後、先ほどの「台詞」を起きている間中ずっと繰り返します。」
別の部屋から男の様子をマジックミラー越しに見ていた若い男は、隣に立つ白衣の男にそう説明した。
「この注文が終わった後に被害にあった、そう考えていいのかな?」、白衣の男は若い男にそう問いかけた。

「あるいは、最初の注文が届いた後かと。」
「なぜそう考える?」
「はい、調査報告によるとその居酒屋では、注文後最初のビールを出すまでの時間が約2分半だったようです。この時間は「台詞」のインターバルとほぼ合致します。」、若い男は手元のタブレットを操作しながらそう答えた。マジックミラーを透過しないよう照明をやや落とした部屋の中で、タブレットの光が若い男の顔を浮かび上がらせる。

「なるほど。「台詞」を聞いていると彼の他にあと2名いたようだが。」
「他2名は死亡が確認されています。」、若い男はタブレットを操作し、3名の男の顔写真とプロフィールを画面に映し出した。


さて、↑の二つの世界観はいかがでしょうか?

次回は、奥深くて難物、怪しくも面白い、この世界観というものについて書いてみたいと思います。

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2016-09-18(Sun)
 

ちょっと書いてみる

先日、千の顔を持つ英雄、って本の話を書きましたが、この機会にちょこちょこと「英雄譚」ってものの話と、合わせて私が映画とか小説、漫画を読むときにどういう見方をしているのかを書いていきたいと思います。

英雄譚というと、なんだか古色蒼然として小難しい話のように思えるかもしれませんが、ぶっちゃけ、いわゆる「男の子向け」漫画なんかはたいがいこの範疇に入りますので、お気楽に読んでもらえれば幸いです。


先日、ちょこっと書きましたが、「千の顔を持つ英雄」にある通り、英雄譚というのは、

○ある英雄の素養を持った人が、
○試練を乗り越えて、
○富を手にし、
○それを持ち帰る。

といった一連の流れで構成されています。これが、英雄譚に共通した構造です。

富を持ち帰る場所は、その英雄の故郷だったり帰属する組織だったりしますが、富を得るために出発した英雄は、得た富をその元いたところに持ち帰るため、ぐるっと回って「円環の形」をとることになります。

ただ、最近の英雄譚は、「それを持ち帰る」というところがあいまいだったり、省かれたりすることが多いように思います。
そのため、「それを持ち帰る」というところを省略して、英雄譚の例を挙げてみましょう。


1.旧来
○ある村の男が、
○悪い竜を退治して、
○竜にとらわれていたお姫様を救い出し、そのお姫様と結ばれる。

2.特撮
○あるレーサーが、ある組織の手によって改造人間にされるが、
○その組織をせん滅して、
○世界に平和をもたらす。

3.学園もの
○ある転校生が、
○学園を強権で仕切っている生徒会を打倒し、
○学園に平穏を取り戻す。

4.成り上がり
○ある田舎から出てきた男が、都会に出てきてホストになり、
○競合他ホスト(クラブ)に打ち勝ってNo.1ホストになり、
○金と女を手に入れる。

5.時代劇
○権力者がお忍びで各地を回り、
○悪代官とか商人などの不正を暴き、
○その地の秩序を回復させる。

6.近未来
○元警官が、
○頭のねじが一本とんだ暴走集団を壊滅させ、
○平和と秩序を取り戻す。

7.宇宙もの
○ある星の男が、修行して超常的な力を手に入れ、
○悪の帝国を打倒し、
○宇宙に平和を取り戻す。

↑を読んで、「あーあれか」と該当作品がわかる方もいると思います。
ぶっちゃけ言うと、そういう作品群は、冒頭に書いた英雄譚の共通構造をとっているため、あらすじはわずか3行で書けてしまいます(笑)


このように、英雄譚は共通の構造を持っているため、各部を組み替えるだけで、違うタイプの英雄譚を容易に作り出すこともできます。例えば、

4.時代劇+7.宇宙もの
○権力者がお忍びで各地を回り、
○悪代官とか商人などの不正を暴き、
○宇宙に平和を取り戻す。

は?と思われるかもしれませんが、実際にこんなんがあります。

最強ロボダイオージャ

また、3.学園もの+4.成り上がり
○ある田舎から出てきた男が、都会に出てきてホストになり、
○学園を強権で仕切っている生徒会を打倒し、
○学園に平穏を取り戻す。

だと、はい?って感じですが、ちょっといじって、
○あるホストが教師になり、
○学園を強権で仕切っている生徒会を打倒し、
○学園に平穏を取り戻す。

にすると、なんかありそうな感じになりますし、もうちょいいじって、
○ある極道の娘が教師になり、
○学園の問題を解決し、
○学園に平穏を取り戻す。
にすれば、”あれ”になるわけです。

英雄譚的なお話はあまたありますが、このように基本的な構造はほぼ同じです。
そのため、その構造を守ってさえいれば、↑に上げたように、別種の英雄譚を組み合わせ、新たな英雄譚を作ることも可能です。ただし、構造が同じであるにもかかわらず、うまく調整しないと若干の「違和感」を生じることもあります。

ではなぜ、構造がほぼ同じであるにもかかわらず、これほどの数の英雄譚が存在するのか?
また、構造上同じであるにもかかわらず、↑で上げたように異なる英雄譚を組み合わせると微妙な違和感が生じるのか?

次回はそのあたりについて書いてみたいと思います。

2016-08-11(Thu)
 
プロフィール

ぺん

Author:ぺん
管理人:ぺん

年齢:いい年こいたおっさん
本、漫画、ゲーム、爬虫類、植物とか趣味多め。
だって、オタクだもの。

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